| ■毎日もめていましたよ |
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「新連携って、ちっとも新しい発想じゃないですよね。友達を作って、一緒に何かするのと同じでしょ」。東京・霞ヶ関、経済産業省内の会議室で、中小企業庁に属する若手職員は、そう口にした。集っているのは、20〜30代の若手職員6名。発言者を除いた5名は、新連携の立案者と現在の担当者である。冒頭の発言に対し、参加者たちは、それぞれが一様に複雑な表情を浮かべた。しばらく考えた末、中小企業庁の事業環境部企画課で、法令係長を務める藤巻英悟は、こう切り返した。「順序が逆。仲間を作って何かをしようじゃなくて、このような事業をするためには、こんな人が必要だから協力しようということ」。 |
「そうそう」と、これに同意するのは、大臣官房政策評価広報課の課長補佐、瀧島勇樹。「まさにそれだよね。どこの企業と、どこの企業が組めば天下を取れる。それを法律で表現するのが、すごく難しかった」。この瀧島、そして参加者中ただひとりの女性、中小企業庁創業連携推進課で新事業連携組合係長を務める日野由香里が、新連携の施策作りに奔走したのは2004年のこと。各地の経産局や中小企業を訪ね歩き、国の施策として何が求められているのか、まだ形になっていなかった新連携を成立させた場合、潜在的な可能性は存在するのかなど、自分の目と耳で確認して回った。案件数、予算、省内での無理解など、クリアすべき課題は山積していたが、とにかく動いてみるしかなかったという。「当時は、毎日もめていましたよ」と、日野は笑いながら話す。
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■若く、情熱があり、汗のかける者を |
新連携――正確には新連携支援制度――とはいかなるものなのか、整理しておこう。経済産業省の定義では「異分野の中小企業が連携して取り組む新事業に対して、その事業計画を各地域の経済産業局が認定し、補助金、政府系金融機関の低利融資、税制優遇などの支援を行う制度」となっている。連携するのは最低2社から。新事業の内容としては、計画期間が3〜5年で、相当程度の需要を開拓できることなどが条件だ。また、中核となる「コア企業」が存在し、参加事業者間での役割分担や責任の所在を明確化させていることが、特徴として挙げられるだろう。施行日は2005年4月13日。同年9月16日付けの中間発表時で、全国69件の新連携事業計画が認定された。その後、認定数は加速度的に増加し、10月3日には101件、12月15日には118件となっている。
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「新連携事業で利益を上げる企業が出始めています」と話すのは、現在、新連携を担当する主要メンバーのひとりである、中小企業庁経営支援課の課長補佐、恒藤晃。恒藤は、経営支援課が作成した資料を手に、丁寧な説明を続ける。「コア企業の50%以上が製造・各種加工業で、連携のキッカケとしては、従来の取引関係をベースにしたものよりも、今回、新連携のために初めて連携して事業を行うことになったケースのほうが多いですね。異業種交流会や展示会で対面した企業との意見交換が、新連携に繋がったケースも多くあります。連携の組み合わせとしては、『互いに技術を補完するための組み合わせ』『全体のマネジメントに徹する企業と、個別の技術を提供する企業の組み合わせ』『川上と川下の組み合わせ』などが代表的で、3〜6社によるものが多いです」
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また、新連携による支援には、補助金等の金融支援以外に、全国9カ所の地域ブロックごとに設置した「戦略会議事務局」による販路開拓の後押しなども含まれており、高い効果を上げている。これは、案件ごとに専門家による個別支援チームがバックアップすることで、事業化にこぎつけることが狙いだ。「技術開発だけでなく、事業化するまで応援するのが新連携」と恒藤が明言するほど、戦略会議事務局への期待度は高い。「金融機関を必ず絡ませるようにした、という点も特徴です。これまでの施策との大きな違いですね」と、語るのは日野。これまでの中小企業支援といえば、資金のない企業に補助金を出すというのがパターンであり、そこで行政の役割は終わっていた。新連携では、各地域の経産局が施策をアピールすることで、認定プランへの出資を民間の金融機関から取り付ける。円滑な資金調達が実現しなければ、いかなる案件も絵に描いた餅になりかねず、事業実現が難しくなるからだ。静岡銀行や広島銀行など、地域の戦略会議に民間の金融機関が参入してきていることは、事業推進の大きな力となるだろう。
事業計画から販路の開拓まで「出口までの支援」を実施する新連携だが、これまでの施策とは一線を画す内容なだけに、実現までの過程では、省内の職員からも懐疑的な声が少なくなかった。「前例がない」「これまで、つつがなく業務を行えているのに、なぜ新しいことをする必要があるのか」というものに加え、「個別企業の成功にまで踏み込むほど、役所が責任をもって支援すべきなのか」というものもあった。「我々は新連携という施策を通して、国が変わったことを示したかった。なによりも、補助金を法律に基づいて配っていればそれでよしとする消極的な姿勢が僕は不満だった。個別の事業の成功まで役所がコミットして『失敗をおそれず積極的に日本を変えることにトライするんだ』という前向きな姿勢を作っていきたかった。内部、外部との議論を重ねるうち、地方の経済産業局など、現場の方々から前向きな提案ももらえるようになってきました」と、瀧島は語る。連携した事業体をフォローするための、戦略会議事務局に配する人材を集め始めたのが、11月頃のこと。条件は、若く、情熱があり、汗をかいて仕事ができる者。
「そのうえで、各地域に30〜40代の市場でバリバリに活躍する脂ののった人材が1名ずついるようにしました。最も難しかったのは、“ボス”を誰にするかという点です。誰でもよいわけではありませんし、断られたこともありました」(瀧島)。人材は、民間からも登用した。リクルート出身者、ベンチャーキャピタル出身者に加え、各地の地域金融機関からも多くの若手職員が出向の形でこの組織に参加している。リレーションシップバンキングの取り組みが求められ、地域の金融機関でも競争が広がるなかで、タネから利益をあげるまで事業を育てるという新連携に対し、金融機関が高い関心を示していることの証明と言えそうだ。各地の企業を回った手ごたえや人員状況を、昨年の1〜2月に中小企業庁長官に報告した後は、各局のメンバーを東京に集めるなどし、毎週1度の勉強会を開催した。日中は法案作成の業務に忙殺されるため、夜間の時間を利用するしかなかった。「勉強会は仕組みを学ぶというよりも、価値観を作り上げる過程でしたね」と、瀧島は当時を振り返る。このような勉強会を繰り返しながら、新連携は成立した。
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| ■物語を作る |

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従来の価値観との対立を乗り越えて新連携制度をスタートさせた結果、現在、順調に認定企業数は増え、多くの中小企業から高い評価を得ている。彼らの感慨もひとしおだろう。とはいえ、まだ課題が残っているのも事実だ。例えば、民間金融機関の温度差が挙げられる。現在、新連携を担当している、中小企業庁経営支援課の企画調整係長、小田康太は、「我々の営業不足という理由もありますが、例えば四国のあたりですと、信金レベルの金融機関まで戦略会議への協力を実現できているわけではなく、引き続き新連携をPRしていくことが必要です」と話す。また、認定基準のばらつきも問題だろう。最も企業数が多く、技術レベルも高いとされているのは関東経産局エリアだが、そのためか、他の経産局と比べて認定基準が高くなりがちだと指摘されることがある。今後、よりバランスの取れた基準づくりが求められそうだ。 |
では、この新連携の着地点を、彼らはどのように考えているのか。藤巻は意外にも、「最終的には、国が(新連携という形を)支援するという制度をなくすことが理想」と語った。「目安は、これから5年後くらいでしょうか。国の主導が定着すると、なかなかそこから脱却できないものですから。本来は、国がビジネスの認定などすべきでない」(藤巻)。担当者の立場として、恒藤も「国がいつまでも旗を振り続けるのは、難しい面もあります。産業支援型のNPOや、商工会などに火がつけば……」と、実感を口にした。新連携の形が当たり前になり、それを支える組織や人々が地域に増えていったなら、そのとき、国は手を引くべきだと彼らは考えている。
ところで取材の間、彼らの口からは、「ストーリー(物語)」という言葉が、度々、飛び出した。「新連携の成果は、地域ネットワークから中小企業の“ストーリー”が数多く生まれること」(瀧島)。「新事業を起こすキッカケ作りを進めたい。それは“ストーリー”作りにほかなりません」(小田)などなど……。これは、従来、イメージされる“お役所”とは思えない感覚ではないだろうか。新連携を組むことによって、民間企業には、じっさいにどのようなストーリーが生まれているのか。次回は、その点に着目する。(文中敬称略)
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